週刊文春問題

表現の自由」「出版の自由」などと出版社側は騒いでいますが、記事の内容そのものは、街のおばちゃんの声「あんなに騒いでいるんだからもっと過激な内容かと思ったのに・・・」に代表されるように、公共性を主張するにはあまりに寒い内容だったようです。
今回は田中真紀子氏の長女という立場をどう捉えているかが問題になるのでしょうが、新聞広告の宣伝コピーを見る限り、公共性よりも芸能スキャンダリズム的な煽りを行っているように見えます。
マスコミは「プライバシーの尊重」を守っているとの主張もしていますが、一私人の場合はセクハラの場合と同様に、公表されて不快と感じれば「プライバシーの侵害」にあたるような気がします。
で、報道が侵害にあたった場合は既に権利の完全なる回復は不可能になっているのが現実です。
この問題が「表現の自由」「報道の自由」「出版の自由」と平行して存在するにもかかわらず、今回の事件でもマスコミはこの問題について論じる気配がないのは問題でしょう。