魔法なんて信じない。でも君は信じる。 西島大介

著者が書き下ろしの単行本のための原稿を描き終わり、既に編集部に渡してあった原稿を、一部手直しのために返却してもらおうとしたところ、発送の過程で67ページが紛失(行方不明)となってしまった事件の顛末を自ら漫画化したもの。以前はこうやって表に出てくることのなかった編集部の不祥事が当事者によって公開されるようになってきたのは大変よいことだと思います。幸いにも原稿を紛失した河出書房新社の対応は誠意のあるもので、損害賠償額も数回の交渉で第三者から見ても納得のいく水準が提示されました。ただ、この本でも明らかにされていましたが、書き下ろしの単行本の執筆契約が書面としては交わされていないという、マンガ界の悪しき慣習はそのままだったようです。この契約書なき契約がいつまでも見直されないのは、出版社、漫画家共に解消することのできない利点が存在するというからでもありましょうが、今回のような事故が発生した場合に、河出書房新社のような誠意ある対応が常に期待できるかといえば大いに疑問でしょう。また、この本では西島氏によるマンガの他に、大谷能生氏という批評家の筆による文章が掲載されていますが、当初は事の経緯を編集者側からの視点でも確認すべく実際に編集者へのインタビューを企画していると書かれてあり期待しました。ところが交渉した全ての編集者がインタビューに応ずることを拒絶したということで、編集者(出版社)側からの視点が失われてしまい、内容もマンガにとっての生原稿のあり方を考察するという、この本のテーマとは必ずしも軸線をひとつにはしない方向へ行ってしまったのは残念でした。それでも紛失した原稿の賠償額の算定基準などが明らかにされたのは凄いことだと思います。実際はもっと生臭いやり取りがあったのかもしれませんが、実話雑誌の記事的な内容になるよりは、具体的数字をクールに表示するだけに抑えた今回の表現形式のほうが良かったのではないでしょうか。編集者側からの視点を取り入れることができなかったのだけが勿体無かったですね。
魔法なんて信じない。でも君は信じる。 (本人本)